2013年08月05日

私の大事な楽器たち

我が家にはアップライトピアノとドリマトーン(電子オルガン)
そして、電子ピアノがあります

アップライトピアノ 
これは私が結婚する時に、唯一母が買ってくれたものです

狭くてグランドピアノが置けないってこともありますが
大事なこのピアノを手放すつもりはなく、これでレッスンをしています

結婚する時
結婚式の費用から家具・新居にいたるまで自分たちでと

まあ夫には、もうご両親がいらっしゃらなかったこともありましたし
最初から、自分でするものと思っていましたので
ごくごくあたりまえに準備を進めていました

自宅にはピアノがありましたが、妹がまだいましたので

それならピアノだけ買ってやるわと、母が持たせてくれました

そして、カワイのドリマトーン
皆さん、エレクトーンはご存じだと思いますが
あれはヤマハの商品名なんですよね 

私がドリマトーンに出会って30うん年
今の機種で7~8台目になろうかと思います

就職したての頃、母とデパートで
ドリマトーンの「デモ演」してるところに出くわして
聴き惚れている私に母が

お給料もらうようになったんだから何か記念になるもの買えば?
と背中を押してくれて

ドリマトーンなるものと長~い付き合いになるのです

だいたい2年ローンが終わるころに、新しい機種に買い替えて

自分のレベルがアップするにつれ
グレードが上の楽器でないと物足らなくなるんです

幼稚園に勤めながら、週一回大阪までレッスンに通い

幼稚園の運動会を終えて
大阪にグレードの試験を受けに行ったことも

もうくったくたで、ドキドキする間もなく
はよ終わらんかな・・と弾いて
一年に二回しかない試験に合格したり

コンクールの全国大会に関西代表で出て
弾いてるうちにライトがまぶしく

もう眩しいわ~と思ったとたん、左手が解らなくなって
右手と足で(電子オルガンは足も使います)
途中乗り切った思い出もありますΣ(°д°lll)ガーン

そして 今も月に二回大阪へ
ドリマトーンのレッスンを受けに行っています("▽"*) 

私から音楽を取ったら
私が私でなくなっちゃいますΣ(°Д°;

なのでいくつになっても弾き続けたいです

ただ・・・・年のせいか

ドリマトーンの足の動きが・・・
ちと遅くなったように思います・・・(ノ∀`*)ペチョン


もうひとつ私の仲間、ドラムスティック

最近叩いてないなぁ~

夫のお尻ではありませんよ!










2013年08月04日

幸せな今の私へ♪

私はやらずに後悔するより、やって後悔するほうが良いので

迷った時は、まずやってみます

そして 今までの人生を振り返った時に

あそこで違う道を選んでた方がよかったかなと思う事は
ほとんどありません

選んで来た道を、良かったと思えるように
特別努力をしたわけではないけれど

前向きな性格のおかげなのか
結果良かったと言えることばかり

きっと 今の私が大好きだから
そう思うんだろうな

どこかで 違う道を選んでいたら
かなりの確率で 今の私はいないんだから


でも・・・
たったひとつ

戻れるとしたら

次男が産まれた頃に戻りたい

長男と次男は2歳違い

次男に母乳を飲ませてる時に
長男が「おしっこ~」と横で叫び

母乳を途中でやめて
泣き叫ぶ次男を寝かせ
長男を抱きかかえてトイレへ走ったり

間に合わずに、母乳飲ませてる横で
おしっこ漏らした長男を

仕方がないのに
「なんでもらしちゃうのよ!」と叱ったり

イライラを長男の失敗にぶつけて
泣いて謝っているのにぐだぐだ叱ったり

一杯フォローもしたとは思うけど

あの頃の記憶は長男を叱っていることばかり・・・



長男が産まれた時
それはそれは嬉しくて

なかなか寝ないあの子をおぶって
お話したり歌を歌ったり

そのうちに私に合わせて歌いだして

眠れないのならいつまでも
お母さんはこうやって背負ってるよ

育児がちっとも苦でなかった

危険な事を教える時は
心の中で「ごめんね」と言いながら手をぴしゃっと叩いて 

叱ると言うよりは言い聞かせて
感情をぶつけることはほとんどなかった

仕事の間母に預ける為 1時間かけて実家へ行く時でも
電車の中でもず~と一緒に遊んで

持ってる愛情をた~ぷり注いでたのに

次男が産まれてからは
余裕がないので 叱った記憶ばかり

どこでもここでも

長男も戸惑っただろうに
よく素直なやさしい子に育ったと思うよ

今思えば
なんであんなに余裕なかったんだろう

ああすればよかった
こうすれば良かった

ずっと小さなトゲのように
心の奥深くに刺さっている後悔


もし戻れるなら
あのころに戻って


長男を抱きしめたい・・・


 

**********************

この記事は2012年の1月頃書いたもので
記事を読んだブロとも「勘太画伯」が動画にしてくれました

前・後編に分かれていますので是非最後まで見てね


「過去に戻れたら」











shuesta at 19:00|PermalinkComments(18)TrackBack(0)子育て 

2013年08月03日

りょうちゃんは何者?

何年か前の話

夫がテレビを見ていて
私がテレビの前を横切ったらチャンネルが変わって

私はてっきり夫が変えたのかと思ったら
「私は何もしてない」ってΣ(゚д゚;)

え?って言いながらテレビの前を横切ったら
またチャンネル変わって

なんじゃ?
って面白くてテレビの前を行ったり来たりしたら
チャンネルがぱっぱぱっぱ変わって

それが不思議な体験の始まりで

夜 友達と歩いていたら、チェーンゲートが下がり始めたので
車が来るなと避けたのに、どこからも車は現われなかったり
「えええ?私?」みたいな

それから、これが一番多かったんだけど

部屋の電気をつけようとして、壁のスイッチをつけたら
電気と一緒に、TVがついちゃったり

リモコンでテレビをつけようとしたら
天井の照明もついちゃったり 

病院のトイレで
「気分が悪くなった方は押してください」
みたいなボタンがあるでしょ?

ふ~んこれを押すんだ・・・ってじ~と見てたら
なんか音がし出して Σ(°д°lll)

びっくりしてトイレから出たら、病院のスタッフの方が
「大丈夫ですか~?」って入って来られて

その時3人ほどトイレにいたんだけど
みんなし~らないって顔して

「えええ?私?」って

そのせいかどうかはわからないけど
わが家の電化製品はよく壊れる

食器乾燥機のタイマーが壊れて、買い変えようとしたら
友達が「タイマー壊れてるだけなら頂戴」と言うのであげたら
「ちゃんとタイマー機能するよ」って言われたり

アイロンも何かが壊れて
これも友達にあげたら、ちゃんと使えたり

このパワーみたいなもの溜めて
充電しなくても電動自転車走らせられるとか

停電になっても電気つくとかならんかな~と思うけど
なぜか壊れることばかり(*´д`)=з

最近はちょっとパワー落ちて来て(?)
あまりこういうこと無くなったけど

忘れたころに「え?私」と思うことが
たま~にあるのよね

あ、ごめんね
みんなのパソコン調子悪くなったの
私のせいかもしんない

おおこわ!

これ一体なに?  ( ゚д゚)ポカーン 







2013年08月02日

昔トレースをやっていた頃の話

いまのマンションに越して来る前、大阪のマンションに住んでいて

14階建の13階で、リビングからは大阪城が見えるという
西向きなんだけどすごく見晴らしの良い部屋でした

夫のお給料で、マンションのローンを払ったら
ほとんど余裕がなくて(笑い)

私も子育てをしながら、何か出来る事はないかと思っていました

次男がまだ赤ん坊だったので、寝ている間に出来るようなものと
 夫が設計士だったこともあって、トレースの通信教育を始めました

そのころ夫は仕事が忙しく、子どもたちを寝かしつけた後
夫を待っている間に、教材を見ながら勉強するのですが

今でも覚えているのが

最初は線を引く練習で一本の線が同じ太さで書けるように
何回も何回も練習するんです

次男は眠りの浅い子で、夜中に何回も起きる子で

一本線を引いた頃に泣くので、だっこしたり母乳を飲ませたり

寝たなと思って、また線を引くと
また泣いて。。。

線の練習と寝かしつけと、行ったり来たりで
この話は今でも笑い話でよくします

そんなこんなでしたが
途中何回か提出する添削も、なかなか良い点数で
何とか最後まで頑張ることが出来ました

修了してどういう経緯だったか忘れてしまいましたが
大阪にある会社から、トレースの仕事をいただいて

会社へ出向いてお仕事いただいて、納期までに仕上げて会社へ届ける
(今の様にメールに添付というのはありませんでしたから 笑い)
 
そこで、また次の仕事をもらって帰るというようなもので

次々仕事をいただいて

それでも子どもを寝かせてからの作業で
納期に間に合わすべく、必死で仕事をしているのを見かねた夫が

自分も遅く帰って疲れているだろうに
一緒に手伝ってくれて、よく二人で徹夜したものです

出来た図面を持って、チャリの前後に息子二人を乗せて
 30分くらいかけて届けに行きます

あ、そのころはまだ電動自転車はありませんでした 

次の仕事の打ち合わせ中も、息子たちは静かに待っていて
とても助かりました

そうこうしてるうちに、今のところへ引っ越して
それでも仕事をお願いしたいと言ってくださったので

幼稚園に行き出した長男が帰って来るまでに
次男を連れて、今度は電車で1時間かけて行きます

ちょうど、ラッシュの時間にかかって
また、この時間抱かれている次男は必ず寝るんですよね

なるだけ人の少ない連結部分に
私の肩に首を乗せて寝ている次男を抱いて電車に揺られて

これが結構きつくて。。。(*´д`)=з

どうしようかなと悩んでいたら、だんだんCADになりつつある時で
うまいこと仕事も減ってきたのを機会に
そのお仕事はやめてしまいました

時給でいただいていたので、結構な収入だったんですよ

今なんて考えられませんよね
メールに添付して送っちゃえばいいんですもんね

そして、それから10年ちょっとくらい前に
何を思ったかCADを勉強しようと

教材を探してきて独学でやり始めたら、これが面白くてパソコンやりすぎて
ドライアイになってしまいました(´;ェ;`)


そのあとちょこっとだけ
SOHOでCAD(建築図面)の仕事もやりましたよ


むかし むかしのお話でした(ノ∀`*)ペチョン



2013年08月01日

りょうちゃん先生 今日も行く

わが家の近所にはピアノ教室が
「犬も歩けば棒(ピアノ教室)にあたる」ほどたくさんあります

どこそこ音大出身という肩書きを持った先生も、大勢いらっしゃいます

私は音大を目指したい方のレッスンや
ピアニストを育てることは出来ないので

問い合わせや体験に来られた方には、きちんとその旨お話して

習ってる途中でやっぱり音楽の道に進みたいとか
方針が違うとか思ったら遠慮なく言ってくださいと
お話させてもらいます

体験でだいたいどんな教室かわかって来られるので
今の所そう言う事は。いちどもありませんが。。。笑い 

 
中学生くらいの生徒になると
クラブの事とか友達の事とか先生の事とかひとしきり愚痴って

年頃の生徒さんからは恋の悩みを聞いたり

うちはよろず相談所か?ってこともあったり(ノ∀`*)ペチョン

風邪ひいて幼稚園や学校休んでん
って言いながらレッスン来て。。おいおいってなことも

小さな生徒は話したい事が一杯あって
弾いてる途中でふと思い出すんでしょうね

横で聴いている私の方に、身体ごと向けてしゃべりだすので

「先生の顔には音符書いてませ~ん」って何回も言ったり

みんながみんなピアノ大好きな子ばかりでもなく
練習をそんなにしないし、しないから弾けるようにならない
でもレッスンは休まず来ると言う子もいて

手を変え、品を変えて根気よく指導して
ある日突然弾けて、顔が輝いた時のうれしいこと! 

そこからはどんどん弾けるようになるんですよね

中学からピアノを始めて、みんなより出遅れた私なんで
弾けない辛さや悔しさはめっちゃ分かってるつもり

だから一緒に
自分の好きな弾きたい曲が弾けるように、がんばろうね

その為には、自分の指を自由に操れるように
嫌いなテクニックも練習しなきゃいけない

こつこつ練習しなきゃ
ある日突然すらすら弾けるようにはなりません笑

そんなこんなでまだまだ現役
年を取ってもお口が達者な間はやめません

だ~れも生徒がいなくなるまでねヒュー(。^з^)~♪



                 ピアノ教師&よろず相談室長 りょうちゃん♪